鍼灸の発生起源は詳しくは分かっていないが

戦国時代には灸はすでに用いられていた。馬王堆から発見された医書は、灸に基づいており、鍼による治療法はない。一方、現存最古の医書『黄帝内経』では鍼治療にもとづいて書かれており、前漢中期頃に灸から鍼への理論的確立がなされたと考えられる。『黄帝内経』の『素問』の異法方宜論では鍼灸、按摩の起源が記されているが真偽の程は定かではない。鍼灸の初期は疼痛部に対する処置であったが、陰陽五行思想と融合し、また経絡学説や臓象学などと結びつき、経穴に対して施術を行う形になっていった。鍼灸は湯液や外科手術などと共に医家と呼ばれる人々が行っていた。有名な医家として『難経』を記したとされている扁鵲や三国時代に活躍した華佗、『鍼灸甲乙経』を編纂した皇甫謐などが居る。中世宋代から元代は鍼灸を含め医学分野の充実が見られるが、金元医学の中心は主に湯液によるもので、元の滑寿は『難経本義』の中で「難経などの古い鍼灸書を捨てて、新しい湯液に走るのは薮医者である」と諭している。近代以降1822年、清王朝は宮廷医院内の鍼灸科の廃止を宣言するなど西洋医学の流入と共に伝統中国医学。
update:2009年08月20日